マダム・ジジからの手紙
フランス・ロワール地方の古城に暮らす伯爵夫人、マダム・ジジからプティ・セナクルへ届いたメッセージをご紹介しています。今回からは、太陽きらめくカリフォルニアに生まれた夢見る少女が、画家を目指しヨーロッパへ渡り、運命の出会いを経て、奥深い森にたたずむ古城に暮す伯爵夫人となる・・、そんなマダム・ジジの華麗でドラマチックな人生をご紹介しましょう。
伯爵夫人になったカリフォルニアガール 3
私の祖母は1898年、グレイターバージニア州(現在のウェストバージニア州)で生まれました。ここはアメリカ独立戦争の勝利を決めた地であり、彼女の先祖はその担い手でした。彼女は「アメリカ独立戦争の娘たち」であることが誇りであり、子供や孫たちにこの家族の歴史を繰り返し教えていました。祖母の祖父、ウィリアム・レナルズ・シニアはこの地で石油を掘り当てました。この油田は徐々に枯渇しているものの、現在もまだ石油を生産しています。この家族が受け継いできた土地は、祖母が108歳で亡くなったときに私の父が相続し、父から私たちにも引き継がれ、現在,私の妹、ドナによって管理されています。
祖父と祖母は50年代、東海岸地域のこの谷からカルフォニアに移り住みました。古いエンシーノ地区に3エーカー(約3700坪)の広大な農場を購入しました。このあたりのすべての家は周りをフェンスで囲み、ほとんどが馬と厩舎を持っていました。近所に映画スターが何人か住んでいましたが、私たちは家の門を越えて外に出ることを許されていなかったため,農場の外はすべて未知の世界でした。住所はエンシーノ アヴェニュー 1番地で、その地所は現在もそこにあります。
その農場には屋根の低い大きな木造一戸建てがあり、そこには3つの屋根つきの中庭、プール、テニスコート、果樹園、そして2本の雄大な樹齢300年のオークの木がありました。また古いウォールナットの木陰にある屋根つきの大きなバーベキューエリアや、母屋とは完全に独立して台所と浴室まであった「小さい家」がありました。その小さい家は祖母の趣味のための家となっており、祖母はそこでたくさんの「プロジェクト」を実行していました。オリジナルのクリスマスデコレーションを作成し,スパンコールのついた掛け布やテーブルクロスを丹念に仕上げ、磁器の絵付けをし、ブドウの形の樹脂加工品を作っては、所属していた婦人クラブにチャリティとして寄贈していました。彼女はキャデラックに乗り,友人たちとブリッジゲームを楽しんでいました。また大きな家には常にソリティアカードゲームを用意していました。夕方6時になると祖母と祖父はいつも、バーボンとジンジャーエール、マラスキーノチェリーで作る「オールドファッションド」カクテルを飲んでいました。わたしは2つのチェリーが入った子供向けのノンアルコールカクテル「シャーリー・テンプル」を飲んだものです。
母屋は涼しくて薄暗い家でした。日陰が多くて熱帯シダ植物が茂る庭があり、そこからプールに面した主寝室に通じていました。暗く、入ることを禁じられていたその寝室に祖父は寝ていました。部屋の天井には木の太い梁があり、気温が変化するとそこから大きな亀裂音がしました。その部屋で私を魅了したのは壁2面全体に飾られた友人たちや古い親戚たちの写真です。祖母は「ならず者ギャラリー」と呼んでいました。私はそれらの写真を、この人たちが誰なのかと思いを巡らし、彼らについて作り話を勝手に想像しながら、数時間でも眺めていられました。またその部屋にはウォークインクローゼットがあり、探検するには最高の場所でした。そこには祖母が持っている帽子やハンドバッグがきちんと整理され、たくさんのスカーフや手袋、ゲランの「ルールブルー」の香りが漂うランジェリーが入ったいくつかのタンスがありました。祖母は宝石も非常に好きで、宝石箱をいくつか持っており,「私はとにかく宝石のジプシーなの」と言っていました。この寝室には明るくて涼しいテラスもあり、そこには多くのサボテンがテニスコートに面して飾られていました。「ドンキーテイル(玉綴り)」という種類の50歳になるサボテンやエピフィルムという1年に1日だけ華やかな花を咲かせるサボテンを祖母は大切にしていました。
農場の正面ゲートを入ればすぐに、祖母がどれほど花を愛していたかがわかるでしょう。彼女はその農場でガーデニングの才能をいかんなく発揮しました。正面ゲートから家の玄関に通ずる長い私道の道沿いには、アイリスとバラの花畑が連なっており、それは美しく巨大なオークの木がそびえ立つ芝生と接していました。私道は家の周りを巡り裏の果樹園まで続いていて、その道の垣根には暑い太陽の下では香ばしいにおいがする色とりどりのオレアンダーが生い茂っていました。野外のテニスコートは背の低いサボテンの庭に囲まれ、私たちがバトミントンで遊んだときに羽根がコートの外に飛んでいっても簡単に取りに行けました。また祖母はプールの周囲にタンジェリンやオレンジの木を植え、さらに夏のプールサイドからの焼けつくような照り返しを遮る大きな休憩所を設置していました。果樹園にはたくさんのオレンジとプラムの木があり、それらフルーツをよく取っては食べていたものです。新鮮なオレンジジュースは生ぬるかったため、猛烈な暑さを和らげてはくれませんでしたが。夏のあいだ、その谷の乾いた暑さは強烈で、ときには約40℃まで上昇し、それが数週間続きました。
そういった祖母の家へ家族と一緒に遊びにいくことも好きでしたが、毎年一度、独りで2週間滞在することはまた格別でした。祖母の一日のスケジュールは厳密に決まっていました。朝6時に起きた後、暑くなる前の昼食の時間までにすべての仕事を終え、祖父母と私の3人分の軽い昼食を用意し,その後は昼寝の時間でした。その間、私は特別に何かすることを許されておらず、プールに遊びに行くまでの約一時間、いつも非常に退屈な時を過ごしていました。花を咲かせたオレンジの木の下に寝そべりながら、ミツバチが私の上を飛んでいる中,ただぼんやりとしていたものです。そのせいか今もなお,オレンジの花の香りが大好きです。メキシコでは、花と果実の両方を同時に実らせることができる柑橘類の特徴を示す象徴として、オレンジの花はいつも花嫁のブーケに入っていると祖母が教えてくれました。祖母は空想にふけっている私を見て、「女性はオレンジの花と同じようにならなければなりません」「抱いている夢をよく意識しなさい。それは現実になるかもしれないから」とよく言っていました。
キッチンの外には小さなもう一つのベランダがあり、祖母はそのベランダについたてを取り付けて小さなベッドを置き、暑くて寝苦しい夜はそこで寝ていました。私はその家に遊びに行ったとき、「屋外」であるベランダで寝られることをとても楽しみにしていました。アイロンのよく効いた涼しげなパーケール(滑らかな肌触りの平織り綿布)のベッドシーツに滑り込み、横になったまま鳥のさえずりや動物の鳴き声をずっと聞いていたものです。そのためか今日でもなお、屋外で寝ることは大好きです。何年も経って、フランス・アンジュの自宅では私の夫であるパトリックと私の寝室の外にある1階テラスにダブルベッドを設置し、星を眺めながら眠りについています。
つづく
gigi
マダム・ジジ プロフィール

狩猟で有名な、ロワール地方、ソーミュールにほど近い「レ・ゾーベール」の森を所有する貴族、ド・ジュヌブライ伯爵夫人として消えつつある18世紀貴族の暮らしを今に残す生活を続けると同時に、アーティスト名、ハーパーでプロの画家としての制作も続けている。アメリカ、ヨーロッパ各地から個展を開催する傍ら、「SUNDAY」等のアートブックを出版。1990年、アメリカン・アカデミー・オブ・ローマ招聘アーティスト。
また、アメリカ独立戦争に関わった家族の末裔が中心になる活動「DAR」やロワール地方で毎夏開催されるイベント、オペラ・ボウジェ、等、音楽家や芸術家のパトロナージュを募る各種団体でメセナ活動を行っている。
『マダム・ジジに教わる〜フレンチ・マナーなおもてなし』
「Bon Chic vol.2 (別冊PLUS 1 LIVING・主婦の友社) 2010年3月」
『フランス的美生活』
「グレース(世界文化社)2007年10月号」
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