• モードさんのシャトー「レ・ゾート・ベル」

    マダム・ジジの親友、モード・フリゾンさん。ファッション・モデルとして活躍後、靴のデザイナーに転身、数々の名作デザインを生み出し、著名人にも愛される世界的なブランドへと成長させました。そして現在、美しい湖を見渡すシャトー「レ・ゾート・ベル」でのモードさんの暮らしぶりは、デザイナーらしい美意識と遊び心にあふれています。そんなモードさんの、あたたかくチャーミングな人柄と自慢のお料理でのおもてなしを、プティ・セナクルの旅でご一緒に。

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    モード・フリゾン プロフィール

    Maud Frizon de Marco (モード・フリゾン・ド・マルコ)

    今でこそ、ファッション・エディターやスタイリストが撮影やショーのために服から靴までコーディネートして用意するが、 60年代のモデルは、撮影やショーが決まると、それに合わせた靴を自ら選び、用意しなくてならなかった。アート学校を卒業してプロのモデルとして「クレージュ」「ジャン・パトゥ」 「ニナ・リッチ」といったトップデザイナーの広告写真のために活躍していたモードは、仕事を掴むために靴探しをしたが、自分好みの靴がなかったことがきっかけで、自ら靴のデザインをし始めた女性だ。

    本名、モード・フリゾン・ド・マルコ。夫は、ナポリ貴族で、イタリアの高級靴の名産地、ヴェニスでディオール、他の靴を作る工場主でもあった。 二人は、自家用ヘリコプターでヨーロッパの各地を旅し、夏はヨットクルーズ、 冬はシャモニーでスキーを楽しむ文字通り、70〜80年代のジェット・セット(自家用飛行機で旅するセレブを総称した名前)だった。 そうした生き様を反映したモードのファッショナブル靴には、パイソンやリザー ドなどの爬虫類の革、また、繊細な手刺繍やチュールといった特別な素材が用いられていた。

    それゆえ、当然、高価ではあったが、そのオリジナリティーとハイセンスゆえ、 ブルジット・バルドーはじめとした、当時の有名人やセレブリティに愛された。 バルドーがセルジュ・ゲンズブールの曲「ハーレイ・ダビッドソン」で、着用しているのが、他でもない、モード・フリゾンの靴だ。 また、モードはアライア、ソニア・リキエル、他といった有名デザイナーともコラボして沢山の名作靴を生み出した。 まさに、彼女の靴の歴史はグラマラスな近代のファッション史を反映するものだった。

    現在、モードの興味は靴のデザインから、ペットの肖像絵画に移っている。 とはいえ、夫と暮らしたロワールのシャトー「レ・ゾート・ベル」で絵を描き、湖で泳ぎ、娘に逢いにNY、息子に逢いにロンドン、友人に逢いにパリへと年の半分は旅をし、冬はシャモニーのスキー、夏はナポリのクルージングと若かりし頃と全く変わらない優雅な暮らしぶりを続けている彼女。

    プティ・セナクルの旅では、そんなモードさんの人柄と自慢の料理でのおもてなしに触れます。

    モードさんのシャトー「レ・ゾート・ベル」のウェブサイト
    レ・ゾート・ベル モード・フリゾン


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