• マダム・ジジからの手紙

    フランス・ロワール地方の古城に暮らす伯爵夫人、マダム・ジジからプティ・セナクルへ届いたメッセージをご紹介しています。今回からは、太陽きらめくカリフォルニアに生まれた夢見る少女が、画家を目指しヨーロッパへ渡り、運命の出会いを経て、奥深い森にたたずむ古城に暮す伯爵夫人となる・・、そんなマダム・ジジの華麗でドラマチックな人生をご紹介しましょう。

    伯爵夫人になったカリフォルニアガール 1

    2010年12月21日

    The Vie de Chateau, by Gianne de Genevraye
    Chapter 1, California and Paris and Rome

    フランスの人たちから「出身は?」と聞かれたとき、「ハリウッド生まれ」と答えるのが気に入っています。おそらく1950年代のハリウッドはごく普通のカルフォニアの町でした。もちろん、映画ビジネスに関わっていたらそうではないでしょうが、私たちには関係ありませんでした。映画について自慢できることといえば映画GIGIが公開されたのと同じ年に生まれたことくらいです。

    私はいつもジジと呼ばれていました。レスリー・キャロンとルイ・ジュールダンが主演した映画GIGIは貴族と結婚する女の子のチャーミングなお話です。私の母によると、私は幼いときから壮大な幻想を描いており、私だけの夢の世界がありました。幼いころはプリンセスになることを夢見ていました。大きくなると、世界中を旅することを夢見たり、会社の社長になったり、幸せな家庭で8人の子持ちになって、どこか森の中の大きな家に住むことを想像していました。今、この夢のうちのいくつかは現実になっています。実際、私はフランス アンジュの森の中にあるお城で伯爵夫人として生活を送っています。

    私のファーストネーム、Gianne(ジャンヌ)は両親の名前を組み合わせたものです。もっとも両親からこの本名で呼ばれたことはありませんが。両親は恋人時代にそれぞれの名前、Jim(ジム)とJeanne(ジャンヌ)を混ぜた私の名前を思いついたようです。学校の先生たちは私の名前を発音するのに苦労していました。恐ろしい初登校の日、立ち上がって「私の名前はジャンヌです。でもジジと呼んでください」と言わなければならなかったことを今でも覚えています。すでにみんなとは違うと感じていました。

    7年生に進級したとき、学校の第2言語としてほとんどの生徒はスペイン語を選択しましたが、私はフランス語を選びました。フランス料理とフランスの歌にあこがれていたからです。私の母と一番上の姉はJeanne Marion(ジャンヌ・マリオン)、Michelle Jeanne(ミッシェル・ジャンヌ)というフランスの名前であり,「ジジ」のようなニックネームや私の大好きなものはみんなフランスのものでした。私は海を越えてフランスに導かれる運命だったのです。

    50年代のカルフォニアは無邪気な時代であり、母親たちは何の心配も無く子供たちに「外で遊んできなさい」と言っていました。そこには太陽,ヤシの木々、海のそよ風、明るい空気がありました。家族、祖母,そしてカルフォニアの明るい色彩は決して色あせない子供の頃の思い出です。

    両親に子供が4人、家のガレージには車が2台あって、つまり私たちは平凡な家族でした。母は裁縫がとても上手で,私たちのすべての衣服やそれと同じ人形用の服まで作ってくれました。私たちは毎週日曜日に白い短めの手袋をはめて教会へ行き,毎年一回、サンバーナーディーノ山にある「森の家」のサマーキャンプに連れて行ってもらいました。また私は祖母のお気に入りだったため、毎年夏に祖父母の家に一人で遊びに行くことができました。毎年恒例の家族そろっての休暇では、いつもきまって従兄弟たちと一緒にバルボア島で2、3週間過ごしました。十代の頃はコロナ・デル・マールにある従兄弟の家によく遊びに行き、大好きなハリエットおばさんに料理をふるまい、ビーチで過ごしました。それは南カルフォニアでの輝かしい日々でした。背の高い、日に焼けた、ブロンド髪の従兄弟たちは黄色いムスタング コンバーチブルを乗り回し、私たちは一緒にニューポートのビーチで遊んだり、湾内に船で漕ぎ出したりして長い時間を過ごしました。ある年の夏、サーファーのボーイフレンドができました。彼は今まで会ったこともないような美しい男性で、薄茶色の髪、みどりの瞳、真っ黒に日焼けした完璧な体格、どこから見てもサーファーでした。私は日焼けのため白く染まった髪を腰まで伸ばしていました。私たちが一緒に通りを歩くと、みんな立ち止まって振り返ったものです・・・。

    つづく

     

     

    gigi

    マダム・ジジ プロフィール

    GIANNE DE GENEVRAYE (ジャンヌ・ド・ジュヌブライ)

    狩猟で有名な、ロワール地方、ソーミュールにほど近い「レ・ゾーベール」の森を所有する貴族、ド・ジュヌブライ伯爵夫人として消えつつある18世紀貴族の暮らしを今に残す生活を続けると同時に、アーティスト名、ハーパーでプロの画家としての制作も続けている。アメリカ、ヨーロッパ各地から個展を開催する傍ら、「SUNDAY」等のアートブックを出版。1990年、アメリカン・アカデミー・オブ・ローマ招聘アーティスト。

    また、アメリカ独立戦争に関わった家族の末裔が中心になる活動「DAR」やロワール地方で毎夏開催されるイベント、オペラ・ボウジェ、等、音楽家や芸術家のパトロナージュを募る各種団体でメセナ活動を行っている。

    マダム・ジジのウェブサイト

     


    『マダム・ジジに教わる〜フレンチ・マナーなおもてなし』
    「Bon Chic vol.2 (別冊PLUS 1 LIVING・主婦の友社)  2010年3月」


    『フランス的美生活』
    「グレース(世界文化社)2007年10月号」


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